数値化できない価値を、なぜ信じるのか。
あずさ監査法人・阿部博氏が
社会的価値共創フォーラムに見出した「真価」
常に数字的な根拠や投資対効果を問われるビジネスにおいて、「人の心を豊かにすること」にどういった意味があるのか──。有限責任 あずさ監査法人 パートナーの阿部博氏は、インキュベーション部門を率い、数多くのスタートアップ支援に携わる中で、一つの確信に至りました。技術や戦略も重要だが、それだけでは、真に社会を動かすリーダーは生まれない。哲学や教養、人間としての根本的な問いに向き合う力こそが、不確実な時代に未来を切り拓くこれからの経営者には不可欠なのではないか、と。
あずさ監査法人は一般社団法人 社会的価値共創フォーラム(SVCCF)に、2025年6月の発足時から特別会員として参画しました。産業・学術・芸術の垣根を越えた対話の場に、Big4と呼ばれるグローバル監査法人が加わった背景には、利益の追求だけでは測れない、企業の存在意義への問いがあります。日々の仕事では見失いがちな「本質」を、ビジネスにどう取り戻すのか。阿部氏の言葉から、多様なプレーヤーが手を携え、社会や未来を語る意味を探ります。
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阿部 博(あべ・ひろし)
有限責任 あずさ監査法人 パートナー/公認会計士
有限責任 あずさ監査法人 常務執行役員・インキュベーション部長。公認会計士として長年にわたり企業の監査・アドバイザリー業務に従事。現在はスタートアップ支援やイノベーション推進を担う。あずさ監査法人の社会的価値共創フォーラムへの特別会員参画を主導した。
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経営者の「奥行き」を決めるものとは
私は常々思っていることがあります。ビジネスの世界で社会に対してインパクトを与えられる人というのは、広い教養や哲学的な素養がないといけないのだろうと。
あずさ監査法人はKPMGという会計ファームのグローバルネットワークに属していますが、日本企業や日本のリーダーが持っている精神性は普遍的なものだと考えています。さまざまなリーダーにお会いする中で、本当に素晴らしい方は、思想や哲学的な考え、善悪の判断などがしっかりしていると感じます。
ところが、ビジネスの現場で日々タスクに追われていると、そういったことを意識しなくなってしまうことが多いのです。現場で知識や経験を消費し続けて、最後には何も残らず、「私は果たして何のために働いていたのだろうか」といった問いが残ることになる。そうではなく、「自分は社会に対して何ができるのか」という問いを持ち続け、発言や行動により世界を方向づけていく志を持ったリーダーやビジネスパーソンを増やしたい。そのためにも、定期的に「吸収する」機会が必要ではないかと、ずっと思っていました。
私自身、30代の頃、偉大な経営者にはどんな人がいるのだろうと思い、松下幸之助さん、本田宗一郎さん、稲盛和夫さんといった方々の著書を読み漁り始めました。稲盛さんが主宰する経営者の学びの場「盛和塾」に当時の上司が入っていて、「社会をリードしていく立場であるなら、こういうことをちゃんと勉強しないといけない」とも言われ、自分も入塾して多くのことを学びました。
そこから、日本の実業界に多大な影響を与えた思想家の中村天風や、歴代首相の指南役として知られ、「知行合一(知識と行為は一致する)」を説いた陽明学者の安岡正篤の世界にも出会いました。中村天風や安岡正篤のもとには、多くの経営者や政治家が教えを請いに通ったと聞きます。そうした先人たちの存在を知るにつけ、経営というのは、根本的に哲学や人間理解がないと成り立たないのだなと、強く感じるようになりました。学べば学ぶほど見えてきたのは、歴史は繰り返しており、本質は変わらないということです。

社会を良くするための活動ならば、きっと道は開ける
社会的価値共創フォーラムとの出会いは、ある意味で必然だったのかもしれません。
参画を検討し始めたのは2024年ごろのことです。KPMGコンサルティングを通じて、JERAと東京大学先端科学技術研究センターが取り組んでいる「高野山会議」の話を耳にしました。あずさ監査法人の理事長である山田裕行とも共有する中で、「これは面白いのではないか」という話になりました。 その後、本件は次から次へと話が繋がっていき、JERAと三井住友銀行(SMBC)とのフォーラム設立に特別会員として関わることとなりました。そうした流れの中で、これはまさに世の中が求めている動きなのだと感じながら、取り組みを進めてきました。
もうひとつ、私を突き動かした信念があります。「動機善なりや、私心なかりしか」という、純粋な動機に基づく社会的な事業であれば、必ず広い支持を得て成功するという稲盛さんの名言があります。紆余曲折はあっても、社会を良くするための活動ならば、きっと道は開ける。
その言葉を胸に、法人内で「こういう活動をやりたい」と話をしたとき、「いいですね」と、仲間たちは前向きな反応でした。みんな漠然とわかっているのです。金儲けだけを目的にした会社やビジネスは長続きしない。志のあるところに、人は集まってくるのだと。
「やらなければいけない」。思いが川のように合流した
社会的価値共創フォーラムのファウンデーションアドバイザーである奥田久栄さん、髙島誠さんと、あずさ監査法人理事長の山田裕行が出会い、それぞれが「やらなければいけない」と感じていた思いが合流した。高野山のこと、音楽のこと、教育のこと。語り合ううちに話題はポンポンと繋がっていって、まるで川が流れるように自然にまとまっていきました。
JERAという日本最大の発電会社、SMBCという日本を代表する金融機関を設立時社員として一般社団法人「社会的価値共創フォーラム」が設立され、そこにKPMGというグローバルなプロフェッショナルファームが特別会員として参加。この3社が集まったこと自体が、社会的価値の創造がいかに重要かを物語っています。
2025年10月に和歌山県北部の高野山で開催された「円融の集い場」は印象的でした。金剛峯寺の新別殿で、奥田社長は「知性だけでなく、感性をフルに働かせなければ社会課題の本質的な解決策は出せない」と語り、髙島会長は住友家の事業精神「自利利他公私一如」に触れながら、経済的価値と社会的価値の両立を訴えました。普段は鎧をまとっているように見える経営者たちが、あの場ではそれを外し、素の姿で青少年との議論に没頭していました。あの光景に触れるだけでも、参画した大きな価値がありました。

青少年の「透明な問い」に撃たれた日
青少年高野山会議のプログラムの一環で、東京大学先端科学技術研究センターの先生方や青少年、ビジネスパーソンを交えた対話を見学する機会がありました。
質問の時間に、はっとさせられました。最初に手を挙げたのは、おそらく社会人経験のある方です。自身の仕事上の悩みについて質問されておられました。
次に、青少年の女性が手を挙げました。彼女のゲストへの質問は「何時に起きるのですか」というものでした。その瞬間、はっとしたのです。「何時に起きるか」なんて人に聞くことはなかなかない。サラリーマンは自分の業務課題の延長でしか問いを立てられなくなっている。でも若い人は、キャンバスが真っ白、あるいは透明なのですね。質問の「純度」が違うのです。
それはまさにイノベーションの本質だと思いました。スティーブ・ジョブズは変わり者だったと言われますが、変わり者だからこそ純粋なのです。「あったらいいよね」「できないことをやってやろう」という素直な気持ちから革新は生まれる。多くの人が「無理だろう」と思うことを、真っ直ぐに発想できる力。純度の高い青少年の感性に触れたことは、大きな体験でした。

東大先端研の先生方のお話も、実に純粋なのです。AI時代の身体性を語られた稲見昌彦教授は、「ドラえもん」の話から議論を始められたことがありました。ビジネスシーンでは出てこない切り口です。第一線で活躍してこられた方と、東大先端研の先生方と青少年が交わることで、新しい知見や気づきが引き出されていく——。そういう魅力が、この場にはあるのです。
新国立劇場バレエ団でプリンシパルを務める米沢唯さんのお話も深く心に残っています。超一流の方にも、想像を超える困難がある。それを乗り越えてバレエの道を歩み続けてきた米沢さんの映像を見たとき、その身体性や崇高な精神に衝撃を受けたのです。
もう立てないほど疲弊しているのに、そこから素晴らしい演技が生まれる。ロボットにはできないことです。ロボットはいつでも同じパフォーマンスができるかもしれない。でも、細かな身体の動きや表現、ライブ感は人間にしか出せない。音楽でも、機械が再生する音と生身の人間がその場で感じながら奏でる音とは、根本的に違う。人はそういう生の力を求めているのだと思います。
会社は人の集まりです。超一流の方々の経験に触れ、人間として視野を広げていく場がなければ、組織としてのパワーは衰えていくばかりではないでしょうか。
「改善」を超越し、イノベーションを創出するには
私はインキュベーション部門で、社会課題を解決しようとするスタートアップのみなさんと日々向き合っています。そこで痛感するのは、日本人は「改善」には強いということです。一歩先、二歩先へ、道の延長線上は勤勉に進歩していくことができる。しかし、まったく違う視点から新たな発想をすることは、やはり得意ではありません。
イノベーションは、既存の枠組みの中で考えていても生まれにくい。異なる世界の知見や考え方に触れて、「なるほど、そういうことか」と気づく。その気づきこそがイノベーションの種になるのです。
だからこそ、社会的価値共創フォーラムのような場の意義は大きい。産業界だけでなく、学術、芸術、哲学など、異なる領域のエキスパート同士が同じテーブルで対話すると、会社では絶対に出会えない新たな知や発想に触れることができます。
スタートアップの世界を見ていて強く感じるのは、根本的な倫理観や思想を持っていなければ、どこかでおかしな方向に行ってしまうということです。AIやロボティクスの進化が加速する中で、人として何が必要なのかという問いは、ますます切実になっています。
以前、展示会で最新型の人型ロボットを見ました。転んでも素早く立ち上がり、走り出す。テクノロジーの進化は止められないでしょう。しかし、こうした技術は産業用だけでなく軍事にも転用され得る。人間としての普遍的な倫理観が社会や産業に根づいていなければ、技術の進歩は人を豊かにするどころか、命を脅かす方向に向かいかねません。

高野山会議のテーマの一つに「なぜ人は戦争をするのか」という問いがあります。こういった哲学的な議論はビジネスシーンでは「金になるのか」「宗教か」と後回しになってしまいがちですが、今こそ、こういった問いが必要だと感じています。
数値化できないものの価値
正直に言えば、この活動を継続していくのは簡単なことではありません。社会にインパクトのある活動をしたい。でも社内で予算を確保するには、それなりの根拠が要る。こういった活動は、「投資したらリターンがある」と説明するのが難しく、どんなに優秀なコンサルティングファームを入れても数値化できないのです。
スポーツビジネスのコンサルティングをやっている後輩がいて、彼から示唆をもらいました。地域がサッカーチームを支援したり、スタジアムを建設したりする。それで直接利益が上がるわけではない。「税金の無駄だ」と言う人もいるかもしれない。
でも、そこに人が集まり、子どもと親が一緒に応援し、幸せを感じ、スポーツを通じて健康になり、地域がまとまっていく。東京ドームだって、最初はただの大きな建物。しかしそこに歴史が積み重なり、人々の記憶が刻まれ、かけがえのない存在になる。そうした価値を数値化すること自体が「野暮」なのだと、彼は言いました。
社会的価値共創フォーラムの活動も同じだと思うのです。「お金に換算するといくら」という話ではない。人として大事だと感じればいい。企業の中でそう言い切るには勇気が要ります。だからこそ、JERAやSMBCのような大企業や、私たちのような参加企業が集まり、社会に向けて「これは大事だ」と発信していく意味があると考えています。松下幸之助さんが唱えた、良質なものを水道の水のように安価に届けるという経営理念「水道哲学」について、「いくらになるのですか」とは誰も問わないでしょう。

精神を未来に残すための「装置」
稲盛和夫さんの盛和塾も、2019年末にて活動終了・解散となってしまいました。伝える人の熱量が失われると、精神も失われていってしまう。学んだことを実践し、次の世代に引き継いていくことも重要です。
東大先端研の先生方とは、お話するたびに感心させられます。話がとにかく面白い。視点や視座が違う。話の専門性が深いだけでなく横にも幅広い。そして何より、筋が通っていてぶれない。
社会的価値共創フォーラムがすぐれていると思うのは、JERAやSMBCのような大きな法人と、東大先端研という学術機関が、フォーラムという仕組みや青少年との関わりによりその精神を未来に繋いでいく仕組みを持っている点です。人間はいつか世を去り、個人に宿った精神は、どうしても薄れていきますが、人が変わっても、組織としてぶれないことをやり続けられる。それを末永く未来に残していける装置として、この社団法人の意義は極めて大きいと感じています。
参画企業は10社に。東洋から世界へ、閉塞感を打破せよ——
西洋は「ジャッジ」の文化です。良いか悪いか、儲かるか儲からないか。日本にはもともと「おもてなし」に象徴される、柔らかな精神性がありました。それがだんだんと失われつつある今だからこそ、1200年後を見据え、人類や社会のありかたについて対話を通して議論し、形にし、東洋から世界に発信する「高野山会議」の意味は大きいと思います。1200年後まで続けると宣言している志に、私は本気で共感しています。
フォーラムの参画企業は2026年4月から計10社に増えました。商業的な活動でも宗教でもない、人間として必要な対話を支える活動に、これだけの企業が集まってきた。話を聞けば面白いし、まったく異なる発想が生まれる。異質な世界に触れて「なるほど」と気づく瞬間が、閉塞感のある日本を少しずつ変えていくのではないでしょうか。
経営者は孤独です。ひとりで考え続けている人にとって、こういう場の存在は大きい。イノベーションを起こしたいなら、こういう場に来た方がいい。学びたいと思っている人に門戸を閉ざさない。巡り巡って、社会に還っていく何かがここにはあります。スタートアップで社会を良くしていきたいという方やリーダーを目指している方には、特に響くはずです。
20年後、30年後に振り返ったとき、「あの活動があったから世界が変わった」と言われるようなものになってほしい。これからはもっと多くの人に、この場の存在を届けたい。それが私たちの使命です。
